この記事では、製造原価の上昇に伴う値上げ(価格転嫁)の考え方と具体的ステップを紹介します。昨今、物価上昇や賃金引き上げが日本政府を中心に各所で騒がれています。製造業においては、材料価格、エネルギー価格に加えて、従業員の給与アップや延いては社会保険料の増額も経営に大きな影響をもたらしていることでしょう。本記事では、そんな状況を打破する長期的な体制構築方法と価格転嫁交渉術を紹介しますので、ぜひ参考にしてみてください。
関連記事:サプライヤー必見!元請け企業との価格転嫁交渉で勝ち抜く戦略
目次
はじめに~製造業の価格転嫁の重要性~
まず、【価格転嫁】とは何かを考えてみます。
少し経済学的なお話になりますが、価格転嫁交渉の前提となる経営環境を理解する上で必要なことですのでお付き合いください。
価格転嫁とは、原材料費や人件費などのコスト増加を製品価格に反映させ、消費者や取引先にその負担を「転嫁」することを指します。原油価格の高騰や、労働市場の変動、通貨の変動など外部環境の影響を受けやすい製造業にとって、利益確保のため、人件費確保のために価格転嫁は不可欠です。
価格転嫁は単にコスト増を補うだけでなく、企業のリスク管理能力を示す指標でもあります。適切な価格転嫁戦略を持つ企業は、市場の変動に強く、長期的な視点で企業価値を維持・向上させることができます。さらに、価格転嫁能力が高い企業は、投資家や金融機関からの信頼も高まり、資金調達の面でも有利になることが多いです。
昨今でこそ急激なインフレや円安による物価上昇よって価格転嫁が叫ばれていますが、そもそも経済学ではインフレ率2%が最も理想とされており、今現在だけに限らず常に考えなければいけないことであると認識しましょう。
価格転嫁の必要性~一過性ではない長期的な成長戦略~
製造業におけるコスト構造の中で、原材料費と人件費は最も重要な部分を占めます。これらのコストが高騰すると、企業の利益率に直接的な影響を与えるため、企業の財務健全性が損なわれる可能性があります。
例えば、鉄鋼やプラスチックなどの基礎材料の価格が上昇すると、製品の生産コストが増加し、それがそのまま製品価格に転嫁されなければ企業の利益は圧縮されます。
また、労働市場の緊張や最低賃金の引き上げなどにより人件費が上昇すると、製造業では人的資源への投資コストが増加しますが、これが価格に反映されない場合、企業は経済的圧力にさらされます。
日本では価格転嫁を推進するために、中小企業庁が価格交渉促進月間を設け、価格転嫁を行いやすい環境づくりを支援しています。これにより、コスト増加を公正に価格に反映させることが促され、企業が健全な経営を行うことができるようになるのです。
市場動向においても、国際的な貿易の状況や競争の激化が原材料の価格に影響を及ぼすことがあります。これらの変動に対応するためにも、価格転嫁は常に必須の戦略となります。
価格転嫁を行うことで、企業はコスト増加による負担を分散し、経営の持続可能性を高めることができ、企業は市場の変動に柔軟に対応できるようになり、長期的な競争力を維持することが可能になります。また、利益の確保によって、新技術への投資や従業員の福利厚生の向上など、企業成長のための再投資が行えるようになることは既にお分かりの通りのことと思います。
製造業における価格転嫁の戦略は、単に現状を維持するためではなく、企業の成長と発展を目指すための重要なステップであるため、この戦略を適切に管理し、実施することで、製造業者はより安定した未来を築くことが大切になります。
さて、価格転嫁交渉の背景や前提となる経営環境の経済学的なお話はここまでにして、いよいよ具体的な手法のお話をしていきましょう!
価格転嫁交渉のステップ
物事には順序があるように、価格転嫁交渉にも大枠としてのステップがあります。
2023年に帝国データバンクが実施した価格転嫁交渉に関するアンケートにおいて、価格転嫁の成功理由に関する結果では、①原価を示した価格交渉が45%に上り、次いで、②取引先への価格改定の通知:28.7%、③業界全体における理解の進展:25.8%、④日頃から発注書へのコストに影響しそうな情報共有:24.2% となっていました。
このことをヒントに、価格転嫁交渉のステップを一つずつ見ていきます。
交渉前準備~原価データの把握と原価計算~
価格転嫁が実現できた企業のうち、原価を示した価格交渉が有効であるとの回答が最も多かったことを踏まえると、やはり正確な原価管理が価格転嫁交渉の重要なカギを握ると思われます。
逆に、原価管理が適切にできていないために、「ちゃんと根拠を示してほしい」と価格転嫁交渉が不調に終わる事例を多く耳にします。
各企業にマッチした原価管理の方法と、労務費(いわゆる加工賃等)の値上がりに関する交渉は原価管理を詳細に解説する必要がありますので、それぞれまた別の機会に紹介するとして、ここでは直接原価の中でも価格転嫁交渉に関して大きく2つの切り口で考えてみます。
原価①:原材料価格
製造業の場合、原材料価格は製造原価の多くを占めており、最も管理すべき原価です。企業によっては、見積書や請求書に「材料費」と調達して使用している材料費を明記する企業も多いことと思います。
既に材料費を明記して見積書および請求書を作成している企業の場合は、原材料価格の高騰に対する価格改定は進めやすいのではないかと思います。
一方で、仕入価格を明記することで足元を見られて値下げ要求をされてしまうリスクもあったり、多品種の対応をしているために共通資材として大量購入してボリュームディスカウントなどのコストダウン活動をしている企業などは、必ずしも材料費を明記していない企業もあるでしょう。
そうした企業においては、主要原材料等の価格変動の相場を調査して証拠として示すことが有効です。
業界新聞や専門誌、業界団体のウェブサイト等から情報を得ることができますので、それら情報を活用しながら過去からの価格の変動を示し、「〇%上がっている」「kg当たり〇〇円上がっている」と具体的な数字を示すようにしましょう。
尚、弊社ではそうした主要な原材料価格(1,420品目)の推移を示す資料を簡易に作成可能なツールを保有しておりますので、ご契約していただけているお客様には活用いただいております。日本銀行の公表データに基づいており、信頼できる情報です。
資料イメージ
原価②:エネルギー費
エネルギー費においても原材料価格と同様に、過去からの変動推移を示すことで価格転嫁交渉の成功確率を高めることができます。
燃料価格や電力料金については、それぞれ官公庁や各団体から費用の変動推移のデータが公開されていますので、それらデータを参考に、自社のエネルギーコストがどの程度上がってしまっているかを算出してみましょう。
原材料価格と比較して難しいのは、製品それぞれに対してエネルギーコストを分けて考えることができない点にあります。
エネルギーコストは、複数の製品を製造している企業にとっては共通の費用であり、明確に製品ごとに分けることができません。
管理会計上では、売上の大きさに応じて配賦して(加重平均で配分して)いる企業も多いと思いますが、その場合は、その配賦されている費用を目安にしていただければ良いでしょう。
そうではなくエネルギーコストをこれまで明確に製品ごとの原価として計算していなかった企業においては、売上に応じて動力費や電力費などを配賦して計算してみると良いです。
いずれにしても、各製品の原価を適切に把握しておくことは重要になります。
価格交渉実践~適切なタイミングと原価データ提示~
いよいよ価格転嫁交渉を実践していきますが、優先順位として、売上比率の高い主力製品もしくは主要顧客から交渉を始めましょう。やはり、1回の交渉のインパクトを大きくしたいこともありますが、売上の多くを占める企業との価格転嫁交渉に成功すると、その他の企業への交渉についても余裕が生まれます。場合によっては、価格転嫁交渉に応じていただけない企業との取引そのものを再考することも可能です。
その他、価格転嫁交渉に当たって、ここでは3つのポイントについて見ていきます。
ポイント①:適切なタイミング
原材料価格やエネルギー価格の変動を調査し準備を始めたら、いよいよその交渉のタイミングを図ります。
まず参考にすべきは、プライスリーダーとなる大手メーカや競合他社の値上げの動きと、取引先企業の価格改定動向です。
先ほど示した帝国データバンクのアンケート結果では、「業界全体における理解の進展」が価格転嫁に成功した理由の3位に挙げられていました。つまり、業界全体で価格改定が理解されてきたタイミングを狙うことが大切です。
そして、アンケート結果で4位に挙げられた「日頃から発注書へのコストに影響しそうな情報共有」も無視できません。値上げの可能性については、短くても3か月前~半年前に取引先に対して共有しておくことが効果的な方法です。
ポイント②:正式な価格転嫁交渉
帝国データバンクアンケート結果の2位には、「取引先への価格改定の通知」が挙げられていましたが、これが具体的に示すこととしては、「会社としての正式な連絡(通達)」という意味が含まれています。
たとえば、取引先の窓口の担当者は、取引先社内では価格改定の権限を持っていない通常の担当者であるケースも多いと思います。そうした担当者に対して、いくら原価のデータを見せながら口頭で価格交渉をしたとしても、のれんに腕押し状態であり、一向に価格改定が進みません。
弊社では、原材料価格の推移などを示した原価データを文書にまとめることと、その文書は代表取締役の署名(会社印/代表印付)で作成し、宛先は取引先の調達部長や場合によっては社長などの決定権者にすることを推奨しています。
取引先の窓口の担当者は、先方の代表印が押された自社の部長や社長宛の文書を無視することはできなくなり、決定権者に価格交渉をしている事実をまず認識していただけます。少々強引なやり方で覚悟がいるやり方かもしれませんが、事業者同士の商取引であり、自社や自社の従業員を守るためには必要な覚悟と考えています。
ポイント③:新製品・代替品提案
取引先との関係や認識されている相場価格などの関係で、既存製品の単純な値上げが難しい場合もあると思います。
たとえば、自社のオリジナル製品を販売しているなどの場合はその製品を廃盤にし、申請人として適正価格で新たに販売する選択肢もあるでしょう。
また、価格の上昇を必ずしもヨシとしない場合には、現状スペックからスペックダウンして値段を維持する代わりに原価が低減できる方法を提示することも建設的な商談と言えます。その場合、その商品がどのように使われていて、どの機能が必要でありどの機能が不要であるかなど、VE(Value Engineering)などの観点や品質機能展開(QFD)などを改めて行うなど、技術的な再考をしてみる必要があることは注意が必要です。
価格改定の継続的な取り組み~下請法の活用と取引先の分散~
価格転嫁交渉は、スポット的なものではなく継続的に取り組む必要があることを上述しましたが、最後に継続的な取り組みとして必要な視点を紹介します。
継続的な取り組み①:下請法の活用
通称:下請法(下請代金支払遅延等防止法)では、下請法上の親事業者・下請事業者の関係となっている場合には、買いたたきや優越的な地位の濫用を禁止しており、価格転嫁交渉に応じる下地が法的に作られています。
まずは、自社とその取引先との関係が、下請法上の下請事業者となっているか否かを把握しておきましょう。
さらに、2022年12月27日に、公正取引委員会からは以下のような方針が示されています。
“個別調査の結果、受注者から値上げ要請の有無にかかわらず、取引価格が据え置かれており、事業活動への影響が大きい取引先として受注者から多く名前が挙がった発注者であって、かつ、多数の取引先について独占禁止法Q&Aの①に該当する行為が確認された事業者については、価格転嫁の円滑な推進を強く後押しする観点から、取引当事者に価格転嫁のための積極的な協議を促すとともに、受注者にとっての協議を求める機会の拡大につながる有益な情報であること等を踏まえ、独占禁止法第43条の規定に基づき、その事業者名を公表”
つまり、価格をいつまでも据え置いていて価格転嫁交渉に応じていないと考えられる企業はその事業者名を公表されることとなります。実際に、この方針によって有名企業でも何社のその事業者名が公表されています。
こうした法的な環境変化は価格転嫁交渉の背中を押してくれます。
継続的な取り組み②:主要取引先の分散
こちらは、自社として主体的に継続的に取り組む内容です。
売り上げ依存度が高い取引先に価格決定権を握られると、柔軟な価格改定が困難になってしまいます。既存の取引先だけではなく、財務状況の余裕のある取引先を新規開拓し、できる限り取引先を分散しておくことが重要です。
取引先が分散することで、価格決定権を一方的に握られることなく価格交渉の幅が広がるとともに、日々の収入面でも安定化が図れます。
中小企業においては、売上依存度の低下を経営課題に挙げている企業も多いことと思いますが、こうした価格転嫁交渉においても重要なポイントとなるのです。
おわりに
いかがでしたでしょうか。
原価管理の詳細な手法や労務費の価格転嫁交渉については、この記事では紹介しきれませんでしたが、原材料価格とエネルギーコストの価格転嫁交渉は理解が進んできていますし、準備も比較的容易にできますので、まずはここから進めてみることをお勧めします。
そして、原価管理を徹底し、今後の価格転嫁交渉だけでなく経営管理レベルそのものを高めたいとお考えの企業様は、ぜひ弊社にご相談ください。
各企業にマッチした原価管理手法の確立と利益確保まで伴走支援いたします!
お客様の声のご紹介
お客様へのインタビュー動画をご紹介しています。お気軽にご相談いただけますと幸いです!